中国の「訪日自粛」呼びかけは逆効果だったのか?―外交摩擦と観光・航空への波紋

はじめに
日中関係は、台湾をめぐる発言をきっかけに緊張が高まり、中国側が「日本への渡航を控えるよう促す」動きに踏み切りました。結果として、旅行会社の販売停止や航空便の減便・キャンセルが相次ぎ、観光を通じた経済圧力(いわゆる“財布外交”)としても注目されています。
一方で日本側は、訪日需要の分散が進むなかで、短期的な打撃と同時に「オーバーツーリズム対策」を進める契機にもなり得るという、複雑な局面に入りました。
背景と概要
発端は、台湾有事に関する日本の首相発言をめぐる中国側の反発でした。中国外務省は日本の姿勢を強く批判し、対抗措置を示唆しました。
その流れで、中国当局は安全面などを理由に「日本への渡航回避」を呼びかけ、複数の中国大手旅行会社が日本向け商品の販売を止める動きが報じられます。航空会社も払い戻し・変更手数料の免除を拡大し、日中路線の一部では運休や大幅な減便が進みました。
ここで重要なのは、これは「全面的な渡航禁止」というより、行政的・業界的な運用を通じて需要を絞り込むタイプの措置だという点です。過去に中国が政治・外交の摩擦局面で観光や文化交流を調整してきた例もあり、今回も同じ文脈で理解する向きがあります。
現在の状況
短期的には、数十万規模の航空券キャンセルが取り沙汰され、日本の観光・小売関連株が売られるなど、市場は敏感に反応しました。中国人観光客の比率が高いエリアや業種(宿泊、免税店、団体向けバスなど)では、予約動向の急変が経営リスクになりやすいのも事実です。
ただし、日本全体の訪日客数は(円安や航空需要の回復も追い風に)高水準で推移していると報じられています。つまり「中国需要が鈍っても、他地域からの来訪が下支えする」構図が一定程度働いている可能性があります。
また、都市部では混雑・マナー問題・生活インフラへの負荷が課題化しており、京都市が宿泊税の引き上げ(高額帯で大幅増)を進めるなど、「量」よりも「質」へ軸足を移す政策議論も加速しています。
中国側にとってもコストは小さくありません。日中の近距離国際線は、航空会社にとって採算面で重要になりやすい一方、減便が続くと機材繰りや収益回復の足かせになり得ます。航空業界はコロナ後の回復過程で供給過剰や運賃低迷が課題とされており、政治要因の追加ショックは不確実性を増やします。
注目されるポイント
1) 観光が「経済圧力の道具」になりやすい理由
貿易制限よりも手続きが見えにくく、短期間で需要を動かしやすいのが観光です。政府の呼びかけ、旅行会社の販売方針、航空会社の運航計画が連動すると、実質的な効果が出ます。今回も「観光」を通じて相手国の世論や産業界に揺さぶりをかける狙いが読み取れる、という見方があります。
2) 日本側の“耐性”はどこまであるか
中国からの来訪が減ると打撃が大きい地域・事業者は確かに存在します。一方で、需要が他地域に置き換わる(米豪・欧州・東南アジアなど)と、総量の落ち込みは限定され得ます。
この差が広がるほど、日本国内では「対中依存をどう管理するか」「観光の設計をどう変えるか」という議論が現実味を帯びます。
3) “オーバーツーリズム対策”と地政学がつながる
混雑対策、宿泊税、地区単位のルール整備などは本来ローカル政策ですが、外部要因で需要構造が変わると、政策実装が早まることがあります。京都の宿泊税見直しのように、「高付加価値化」を後押しする材料として受け止められる面もあります。
ただし、来訪者の急減は地域経済を傷めるため、「混雑緩和=良いこと」と単純化できないのもポイントです。
4) 中国側の副作用(航空・消費・対外イメージ)
渡航抑制は国内消費に回るという期待もありますが、消費者心理が冷え込む局面では代替消費が想定ほど伸びない場合があります。さらに、観光や交流を政治カード化するほど、周辺国が「分散」や「リスク管理」を進める動機にもなり得ます。中長期では、対外イメージやビジネス環境評価に跳ね返る可能性もあります。
今後の見通し
今後は大きく3つのシナリオが考えられます。
- 沈静化シナリオ:外交チャンネルで摩擦管理が進み、渡航回避のトーンが弱まる。減便も段階的に戻る可能性があります。
- 管理された緊張の長期化:表向きは対話を維持しつつ、観光・文化・物流などで“調整”が続き、企業側は不確実性を織り込んだ運営を迫られます。
- 対抗措置の拡大:観光に限らず、輸入規制や文化交流の停止などへ波及し、経済安全保障の論点(依存低減・代替調達)が前面化する展開です。
いずれの場合も、短期の数字だけで結論を急がず、「どの地域・業種が影響を受け、どの需要が代替されるのか」を分けて見ることが重要です。

