ロシアはなぜ「新しい技術」を作れなくなったのか:資源依存・人材流出・制裁が生む構造問題

はじめに
ロシアはソ連時代、宇宙開発や原子力、軍事技術などで「技術大国」としての存在感を示しました。ところが現在、最先端分野ほど国内で完結できず、輸入や迂回調達への依存が強まっています。背景には、資源依存型の経済構造、人材の流出、研究開発の弱体化、腐敗と統治の問題、そして対ロ制裁の長期化が複雑に絡み合っています。
背景と概要
ソ連は非効率さを抱えつつも、国家主導で研究機関・設計局・工場を結び付け、一定の技術エコシステムを成立させていました。しかし1990年代の混乱で産業基盤は傷み、2000年代以降は石油・ガス輸出をテコに「必要な技術は買う」モデルが拡大しました。
研究開発投資の規模を見ると、ロシアのR&D支出は統計上、2022年でGDP比0.93%とされます(国際比較では高い水準ではありません)。WIPO+1
一方で、2022年以降は軍事支出の比重が上がり、国家の資源配分が「長期の技術競争力」より「短期の戦時需要」へ傾きやすい状況にもあります。たとえばロシアの2025年国防支出はGDP比6.3%規模に達する見通しが報じられました。Reuters
現在の状況
1) 人材流出が技術の再生産を止める
先端産業は設備だけでは回らず、設計・製造・品質管理を担う熟練人材と次世代育成が不可欠です。ところが2022年の全面侵攻以降、IT・技術者層の国外流出が加速しました。ロシアのデジタル開発相は、2022年に約10万人のIT専門家が国外に滞在していると述べたと報じられています。インターファックス+1
また業界団体側の推計として、侵攻直後の「第一波」で5万〜7万人規模が出国したとの報道もあります。The Moscow Times
2) 「国産」半導体の壁:設計と製造の分断
近年ロシアは国産プロセッサ(エルブルス等)を掲げてきましたが、実際には設計が国内でも製造は海外ファウンドリに依存してきた面が大きいとされます。ロシア設計のチップが台湾のTSMCで製造され、侵攻後にTSMCが生産を停止したと報じられています。Defense News+1
この「製造の分断」は制裁で直撃され、軍事・民生の両方でボトルネックになりやすい構造です。
3) 制裁後も「西側部品」は流れ込むが、リスクは増大
戦場で回収されたロシア兵器に、西側企業製の電子部品が多数含まれている点は、研究機関と報道の共同調査で繰り返し指摘されてきました。Reuters+1
その一方で、制裁逃れ(第三国経由など)を巡る取り締まりも強化され、調達はコスト高・不確実化しやすい状況です。EUや米財務省は、迂回調達ネットワークへの対処を継続的に打ち出しています。Finance+1
さらに、米商務長官が「家電から取り出した半導体が軍装備に使われている可能性」に言及したことも報じられました(真偽を個別に確認しにくい性質の情報であり、当局者発言として位置付けるのが安全です)。The Washington Post+1
4) 品質管理・プロジェクト管理の劣化
高度な技術ほど、組立の手順や検査工程、現場文化が結果を左右します。象徴例として、2013年7月のプロトンMロケット墜落は「角速度センサーの誤った取り付け(上下逆)」が原因の一つと説明されています。Flight Global+1
また、国家的大型事業であるボストーチヌイ宇宙基地は、巨額の横領・汚職が繰り返し問題化し、少なくとも110億ルーブル規模の損失があったと報じられています。TIME+1
注目されるポイント
1) 「資源依存」と「軍需偏重」が民生技術の競争力を削る
資源輸出が外貨を生む局面では、短期的に輸入で穴埋めできても、国内の製造・研究の裾野が育ちにくくなります。さらに戦時経済化が進むと、予算・人材・部材が軍需に吸い寄せられ、民生の技術革新が後回しになりがちです(結果として、長期の産業多角化が難しくなります)。Reuters
2) 「見せる技術」と「作れる技術」の乖離
先端兵器・先端装備は政治的に象徴性が高い一方、量産・維持・補給の難易度は別問題です。たとえばT-14戦車は高性能をうたいつつも高コストで、ロステックCEOが「高価なため投入に慎重」といった趣旨の発言をしたと報じられています。Defense Security Monitor+1
核戦力の近代化を象徴するRS-28サルマトも、衛星画像分析などに基づき2024年9月の試験失敗が報じられ、信頼性や開発の遅れに注目が集まりました。Reuters+1
3) 学術・研究環境の政治化が「次世代」を弱くする
技術力は大学・研究所・企業の循環で伸びます。しかし侵攻後、大学が政治的立場表明を迫られる場面も目立ちました。2022年3月4日、ロシア学長連合が侵攻支持の声明を公表し、多数の大学トップが署名したことが確認できます。ロシア学長連合+1
また「外国の代理人」や「望ましくない組織」を巡る法制度は、研究・国際連携の萎縮につながり得ると欧州議会の資料などで整理されています。欧州議会+1
加えて学位不正の問題も、研究倫理と人材評価の土台を揺らします。盗用監視で知られるDissernetを巡っては、議員を含む高位層の盗用疑惑が指摘され、学術不正の広がりが報じられてきました。STAT+1
今後の見通し
今後の焦点は「どの程度まで自前化できるか」ではなく、「どの水準の技術を、どれだけのコストと時間で、安定供給できるか」に移りそうです。
- シナリオA:低〜中位技術への“段階的な国産化”
制裁の長期化で、西側の最先端部材は入りにくい状況が続く可能性があります。一方で、第三国経由の調達や国内・同盟国(ベラルーシ等)部材への置き換えが進む兆しも報じられており、性能は落ちても量産・継続を優先する方向が想定されます。Reuters+1 - シナリオB:対外依存の“質的転換”(中国などへの傾斜)
先端分野ほど装置・材料・EDAなどのサプライチェーンが複雑で、短期に国内で置き換えるのは困難です。したがって、輸入先や共同開発相手を変えつつ延命する選択肢が続く可能性があります(ただし政治リスク・交渉力の問題が新たに発生します)。U.S. Department of the Treasury+1 - シナリオC:制度改革が進まない場合の長期停滞
人材が国内でキャリアの見通しを持てず、学術・企業の自律性が回復しない限り、技術の「再生産(教育→研究→製品化→量産)」が細りやすい状況は続きます。大型案件の汚職問題や、研究環境の政治化が改善しない場合、回復には年単位ではなく10〜20年単位の時間がかかる見方が現実的です。TIME+2欧州議会+2

