2025年、年間9兆4559億円のインバウンド消費はどこへ向かったのか?

はじめに
2025年、日本を訪れた外国人旅行者は年間4,268万3,600人と過去最多を更新し、旅行消費額も9兆4,559億円に到達しました。数字のインパクトが大きい一方で、「そのお金は結局どこに落ちているのか」「東京の混雑はなぜ強まるのか」という疑問も広がっています。渋谷の“ハチ公行列”や原宿の意外な人気スポットを手がかりに、インバウンド消費の行方を整理します。
背景と概要
まず、9兆4,559億円というインバウンド消費は「何に使われたか」を見ると、全体像がつかめます。2025年(速報)の費目別構成は次の通りです。
- 宿泊費:3兆4,617億円(36.6%)
- 買物代:2兆5,490億円(27.0%)
- 飲食費:2兆711億円(21.9%)
- 交通費:9,465億円(10.0%)
- 娯楽等サービス費:4,218億円(4.5%)
- その他:58億円(0.1%)
つまり、最大の受け皿は「モノ(買い物)」よりも、ホテル・旅館などの宿泊です。さらに、近年は「買い物中心」から「体験・サービス中心」へと消費がシフトしている点も重要です。買物代の比率は、かつて4割超の局面もありましたが、現在は27%まで低下しています。
また、消費額上位の国・地域は中国、台湾、米国、韓国、香港で、上位5つで全体の約6割を占めます。国・地域の構成は固定ではなく、欧州や新興国の伸びも指摘されています。
現在の状況
1)渋谷駅前「ハチ公行列」――“観光の定番”がボトルネック化
渋谷駅前では、ハチ公像の記念撮影を目的とした行列が日常風景になりつつあります。これは単なる混雑ではなく、「無料・短時間で達成できる象徴体験」に人が集中している状態です。結果として、駅前広場や動線の圧迫、周辺店舗のオペレーション負荷が高まりやすくなります。
2)原宿で増える「目的買い」――メガネ量販店が“観光地化”
意外な受け皿として目立つのが、原宿のメガネ量販店です。たとえば「Zoff」では、来店客の半分以上が外国人という状況も報じられています。支持される理由はシンプルで、
- 価格が分かりやすい(比較しやすい)
- 最短30分で受け取れるスピード
- SNS(YouTube/TikTok等)で“買うべき日本体験”として拡散
といった、旅行者の意思決定に合った設計になっているためです。ここで生まれる売上は費目上「買物代」ですが、実態はサービス(検査・加工・接客)込みの“準体験消費”でもあります。
3)「おにぎり」が主役に――食の消費が“寿司・ラーメン”だけではなくなる
飲食では、おにぎり専門店が外国人客で席が埋まる日もあるなど、「日本の日常食」そのものが観光資源化しています。店側は英語表記を整え、辛味メニューなどを追加して需要を取り込みますが、「おにぎり=寿司ではない」という誤解対応など、現場負担も増えます。
4)宿泊費が最大の受け皿――“9兆円”の多くはホテルへ
費目のトップが宿泊費である以上、インバウンド消費の行方を語るうえでホテル市況は外せません。稼働率の高止まりや客室単価(ADR)の上昇が報じられており、旅行者の支出が「部屋代」に吸収されやすい局面になっています。これは観光産業には追い風でも、国内出張・国内旅行のコスト上昇という別の課題も生みます。
注目されるポイント
「9兆円」の勝ち筋は“宿泊×食×小さな目的買い”
2025年の数字が示すのは、インバウンドの主戦場が次の組み合わせに移っていることです。
- 宿泊(最大の受け皿)
- 飲食(定番から日常食へ裾野拡大)
- 短時間で完結する目的買い(メガネ・ドラッグストア等)
「爆買い」一本足ではなく、滞在中に何度も発生する支出へと重心が移っています。
混雑は“人気スポットの集中”で強まる
消費総額が伸びても、支出先が一部エリアに集中すれば、景色は「混んだ」に寄ります。渋谷・原宿のような導線が細いエリアは、象徴体験(ハチ公)+SNS起点の目的地(買い物・飲食)が重なることで、混雑が“構造化”します。
制度変更が「買い物」の形を変える可能性
2026年11月から、訪日客向け免税制度は不正対策の観点も含めてリファンド方式(出国時の持ち出し確認後に返金)へ移行する予定です。買い物の利便性・手続き・店舗オペレーションに影響が出る可能性があり、特に免税依存度が高い業態ほど準備が重要になります。
観光の“恩恵の偏り”をどう是正するか
国の観光政策は「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」を柱に掲げていますが、現実には都市部集中が続きやすいのも事実です。自治体側では財源確保・混雑対策の観点から宿泊税の見直しなども進み、たとえば京都市は2026年3月から宿泊税の区分を拡充しています。
今後の見通し
- 総額は伸びても“中身”は変わる可能性
旅行者の多様化と「体験」志向が進むほど、伸びるのは宿泊・飲食・娯楽などのサービス比率になりやすい一方、免税制度変更や為替環境の変化で「買い物」の伸び方は変動し得ます。 - 都市部は“混雑マネジメント”が成否を分ける
人気スポットの集中は自然発生ではなく、案内表示・動線設計・時間分散・ルールの周知で緩和余地があります。特に駅前広場や狭い商業エリアは、体験の質が落ちると評判が毀損しやすく、人数より満足度の設計が重要になります。 - 事業者は「多言語×即時性×持ち帰りやすさ」が鍵
メガネの“最短30分”のように、旅行者は「限られた滞在時間で確実に達成できる価値」に強く反応します。飲食でも、分かりやすい注文導線やアレルギー表記、持ち帰り対応などが、消費額だけでなく回転率・評判に直結します。 - 地方誘客は“滞在理由の設計”が必要
単に「来てください」では分散しません。交通、宿泊、体験がセットで成立する商品設計ができた地域ほど、9兆円の恩恵を取り込みやすくなります。

