イラン抗議拡大の中で「大統領が最高指導者に反旗」説が拡散:ペゼシュキアン発言の実像と政権中枢の力学

はじめに
イランでは物価高や通貨安を背景に抗議行動が全国へ広がり、当局は強硬な取り締まりとインターネット遮断で対応しています。死者・拘束者の規模をめぐって情報が錯綜するなか、「大統領ペゼシュキアンが最高指導者ハメネイ師に反旗を翻した」といった刺激的な主張もSNS上で拡散しています。
ただ、現時点で主要報道機関が確認している範囲では、政権中枢の“決定的な決裂”を示す確証は乏しく、むしろ当局は抗議を「外国の介入」や「暴力化」と結びつけて正当化する構図が目立ちます。
背景と概要
抗議は2025年12月28日ごろ、生活苦や急激な物価上昇、通貨の下落をめぐる不満から始まり、各地へ波及しました。政府側は「治安の回復」を優先し、抗議側は弾圧への反発を強めるという、対立が先鋭化しやすい局面に入っています。
ここで重要なのは、イランの統治構造です。最高指導者は国家の最終権威として広範な権限を持ち、外交・安全保障・主要人事などを通じて政治全体に影響力を及ぼします。一方、大統領は行政の責任者ではあるものの、制度的には最高指導者の枠内で政策を運営する立場で、権限の限界が指摘されてきました。
現在の状況
当局による情報遮断は深刻で、通信監視団体は「国全体の接続が通常のごく一部に落ち込んでいる」と発信しています。これにより現地映像や死傷者数の独立検証が難しくなり、噂や誇張が流通しやすい環境が生まれています。
死者数については、米国拠点の人権団体HRANAが「抗議参加者と治安側の死者が500人超、拘束者は1万人超」とする集計を示しましたが、イラン政府は公式集計を十分に公表しておらず、ロイターも独自検証は困難としています。
政治指導部の発信をみると、「大統領が最高指導者に反旗」という見立てとは逆に、ペゼシュキアン大統領はテレビ発言で、混乱の背後に米国・イスラエルの関与があるとの主張を展開しつつ、「政府は国民の声を聞く用意がある」「経済問題の解決に取り組む」と述べています。最高指導者ハメネイ師も抗議を外国の影響下にあると位置づけ、強い警告を発しています。
対外的には、トランプ米大統領が「強い選択肢」に言及し、オンライン支援や制裁、サイバー、軍事オプションまで議論対象になり得ると報じられました。イラン側は米軍基地などを標的にし得ると牽制し、緊張が高まっています。
注目されるポイント
1) 「大統領の反旗」説が広がる土壌:遮断と断片情報
ネット遮断下では、短い切り抜き映像や出所不明の引用が“事実のように”受け取られやすくなります。実際、主要報道で確認できる大統領発言は「治安の正当化」と「経済的な宥和」の混在であり、最高指導者の正統性を正面から否定する“宣戦布告”を裏づける材料は見当たりません。
2) それでも体制が揺らぐ条件:治安機構とエリートの一体性
抗議が長期化するほど、治安部隊の疲弊や内部不信、エリート層の利害対立が表面化するリスクは高まります。ただし現段階では、政権中枢が決定的に分裂したと断定できる情報は限られ、外から見えるのは「強硬姿勢を軸にしながら、経済面での不満を抑えたい」という二正面対応です。
3) 外圧が与える影響:支援にも“口実”にもなり得る
米国の強い言辞や介入示唆は、抗議側にとって心理的支えになる一方、当局にとっては「外国の陰謀」論を補強し、弾圧の口実に転化し得ます。欧州側は「最大限の自制」や抗議の権利尊重を求めていますが、外部発信が強まるほど、国内向け宣伝戦も激しくなる可能性があります。
今後の見通し
今後は大きく3つのシナリオが考えられます。
1つ目は、遮断と取り締まりを継続して抗議を沈静化させる展開です。2つ目は、経済混乱や死傷者増が引き金となり、抗議が再燃・拡大する展開です。3つ目は、治安機構や政治エリートの内部調整が崩れ、部分的な離反・統制不全が生じる展開です。
ただし、どのシナリオでも「確かな情報の回復」が鍵になります。通信環境が戻らない限り、現地の実態把握は難しく、誤情報が意思決定(国内外)を誤らせるリスクも残ります。
