トランプ政権の「ムチとアメ」経済政策は日本に追い風か?中間選挙前に進む供給網再編と米中対立の行方

はじめに

2026年11月3日の米国中間選挙をにらみ、トランプ政権は「関税・規制(ムチ)」だけでなく、「補助金・優遇・投資呼び込み(アメ)」を組み合わせた産業政策を強めています。狙いは、対中依存を減らしつつ、米国内の雇用と投資を可視化して有権者に訴えることです。日本にとっては、米国の“要塞化”した市場に食い込む機会が生まれる一方、政治リスクも増しています。

背景と概要

米国の通商・産業政策は、単なる自由貿易の推進から「国家安全保障と一体化した経済運営」へと軸足を移しています。2025年1月のホワイトハウス文書「America First Trade Policy」は、貿易赤字の要因調査や追加関税の検討、対中措置(通商法301条など)を含む見直しを各省庁に指示し、通商政策を安全保障の道具として位置づけました。

この変化の根底には、特定分野での中国の圧倒的な供給力があります。例えば粗鋼では、中国は2024年に世界の生産の過半(約53%)を占めました。また造船でも、国連貿易開発会議(UNCTAD)は2023年に中国が新造船引き渡し量で初めて5割超に達したと報告しています。レアアースについても、中国の輸出管理強化が世界の自動車・電子・防衛サプライチェーンを揺らし、依存低減の圧力が高まりました。

こうした状況で米国が取りやすい政策は大きく2つです。

  • ムチ(外側への圧力):関税、輸入規制、輸出管理、投資審査など
  • アメ(内側への誘導):補助金、税制優遇、政府調達・買い取り保証、規制緩和、同盟国からの投資・調達コミットメント

ポイントは、アメ政策が「市場任せ」ではなく、政府が重要分野を選び、資金や需要をつける形で産業を動かすことです。

現在の状況

中間選挙を前に、政権は景気と雇用の“見える成果”を作る必要があります。さらに2026年7月4日には独立250周年(セミクインセンテニアル)を控え、愛国イベントと経済成果を結び付ける政治日程も重なります。

この局面で目立つのが、次の3つの動きです。

  1. 同盟国の投資・調達を引き出す「取引型」のアメ政策
    米ピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、政権が同盟国に対し米国内投資や米国製品の購入コミットメントを求め、関税回避などと交換する枠組みが拡大していると分析しています。日本も含む複数の国・地域が対象になっているとされ、産業政策が「同盟国マネーを梃子に膨らむ」構図が指摘されています。
  2. 安全保障分野での“買い取り保証”型支援(準・国家資本主義)
    レアアースでは、米国防総省(DoD)がMP Materialsと長期契約を結び、価格下支え(プライスフロア)や長期の購入コミットメントを通じて、磁石など重要工程の国内立ち上げを後押ししています。これは国防生産法(Defense Production Act)を含む枠組みで「供給網を市場任せにしない」典型例です。
  3. 対中措置の“次の標的”としての造船・海事分野
    米通商代表部(USTR)は通商法301条の調査で、中国の造船・海運・物流分野での不公正慣行を認定し、追加措置の余地を残しました。中国建造船への港湾手数料など、物の流れそのものにコストを上乗せする発想は、サプライチェーン再編を加速させ得ます。

また、日本に直結する象徴例として、日本製鉄によるU.S. Steel買収があります。トランプ大統領は2025年6月、国家安全保障合意を条件に同取引を認め、米政府が重要事項に関与できる「ゴールデンシェア」が組み込まれました。これは「米国市場に入るほど、政治条件も強まる」ことを示す事例です。

注目されるポイント

1) 「フォートレス・アメリカ」化で、日本企業に“入口”が増える

米国が関税と補助金で供給網を組み替えるほど、米国内での生産・調達が優遇されます。日本企業は、米国内投資や現地生産を通じて新しい調達網の一部に入れれば、保護された需要(インフラ、防衛、重要素材、AI関連の電力・データセンター投資など)を取り込みやすくなります。

日本にとって追い風になり得る分野(例)

  • 鉄鋼(高級鋼、電炉・脱炭素設備、品質管理)
  • 造船・海事(環境対応船、部材・舶用機器、保守、港湾DX)
  • 重要鉱物・素材(レアアース、磁石、電池材料、精製・リサイクル)
  • 半導体・製造装置・化学(先端工程の周辺供給網)
  • 防衛産業基盤(部材・サプライヤー、共同生産・維持整備)

2) ただし「アメ」はタダではない——条件付き優遇と政治介入

補助金・税優遇・調達保証は魅力的ですが、多くは条件付きです。現地雇用、国内調達比率、技術移転の制限、投資・操業の継続、そして国家安全保障上の“拒否権”がセットになり得ます。ゴールデンシェアの事例は、企業経営に政治が深く入る可能性を示しました。

3) 日本は「対米機会」と「対中リスク」を同時に管理する局面

供給網の再編は、裏返せば分断の進行です。中国はレアアースや磁石などで輸出管理を強め、輸出量が急減した時期もありました。米国側も対中措置を拡張するほど、企業は“どちらの市場ルールで動くか”の選択を迫られます。日本企業にとっては、米国での成長機会が広がる一方、中国市場・中国供給のリスクが相対的に増す構図です。

今後の見通し

中間選挙(2026年11月3日)が近づくほど、政権は景気の腰折れを避けつつ、対中強硬や国内投資の成果を強調する可能性があります。したがって今後は、次のような展開が想定されます(断定はできません)。

  • シナリオA:アメ政策の拡張+対中・特定分野でのムチ継続
    補助金・調達保証・投資案件を積み上げ、選挙向けに“雇用と工場”を見せる一方、対中の規制は維持・強化。
  • シナリオB:赤字国・迂回輸出への関税圧力が広がる
    対中だけでなく、迂回(第三国経由)や貿易赤字の大きい国・品目に圧力が及ぶ可能性。
  • シナリオC:供給途絶リスクが高い分野では「部分的な手打ち」も併存
    レアアースのように一気に代替が難しい分野では、緊張緩和や限定的合意を挟みつつ、長期的には脱中国依存を進める形。

日本側の現実的な打ち手は、「米国の政策メニューに乗る領域」と「中国依存を減らす領域」を分けて設計し、政治条件(安全保障合意、投資審査、調達条件)を織り込んだ上で、投資回収と供給網の冗長性を確保することです。特に2026年は、USMCA見直し(2026年7月予定)や海事分野の対抗措置、重要鉱物の輸出管理など、通商と安全保障が連動する論点が増えるため、企業単独ではなく官民連携での情報戦が重要になります。

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