米国の「グリーンランド獲得」再燃:安全保障と重要鉱物をめぐる圧力外交の現実

はじめに
米国で、グリーンランドを「米国の安全保障のために必要」と位置づける発言が相次ぎ、デンマークとグリーンランド側が強く反発しています。論点は領土の帰属そのものだけでなく、北極圏の軍事・監視拠点と、レアアースなど重要鉱物の供給網を誰が握るのかに広がっています。武力侵攻の有無よりも、政治・経済・安全保障を組み合わせた“圧力”が現実的なリスクとして意識され始めています。
背景と概要
グリーンランドは、デンマーク王国の一部でありつつ、高い自治権を持つ地域です。外交・防衛の枠組みではデンマークが大きな役割を担い、グリーンランドでは将来的な独立をめぐる議論が続いてきました。
安全保障面で米国は、冷戦期からグリーンランドを北極圏の要衝として重視してきました。現在も、北西部のピツフィク宇宙基地(旧チューレ空軍基地)を拠点に、ミサイル警戒や宇宙監視などに関わる運用を行っています。こうした駐留・運用は、デンマークとの合意(1951年の防衛協定を含む)を基盤として成立しています。
一方で近年、北極圏の地政学的価値は「地理」だけでなく「資源」と結びついて語られることが増えました。グリーンランドにはレアアースなど重要鉱物の潜在性が指摘される一方、環境リスクや採算性、インフラ不足、政策判断(特にウランを伴う鉱山開発の扱い)などが開発のハードルになっています。
現在の状況
2026年1月、グリーンランド自治政府のニールセン首相は「デンマークを選ぶ」と明言し、デンマークのフレデリクセン首相も「グリーンランドは売り物ではない」と改めて強調しました。米国側との協議が予定される中で、両者は主権移転を明確に否定しつつ、対話の余地は残すという難しい舵取りを迫られています。
世論面でも、グリーンランド住民の大多数が米国の一部になることに反対する調査結果が報じられています。独立志向と「他国への編入」は別問題であり、ここを混同すると議論が一気に不信へ傾きやすい点が重要です。
米国側の主張として繰り返されるのが「ロシアや中国が影響力を強める前に手を打つ」という理屈です。ただし、ロシア・中国の動向をめぐる発言には誇張や不正確さが含まれるとする検証報道も出ています。
また、直近の国際環境として、米国がベネズエラのマドゥロ前大統領を拘束し米国内で訴追するという極めて異例の展開が起きました。法的根拠や国際法との整合性をめぐる議論も続いており、「米国がどこまで踏み込むのか」という各国の見方に影響を与えています。
注目されるポイント
1)「基地利用」と「領有」は別問題
米国はすでに合意に基づく拠点を持ち、北極圏の監視・抑止に必要な運用は一定程度可能です。そのため、「主権を移す必要があるのか」という疑問が生じます。ここから見えてくるのは、地理的優位よりも、重要鉱物の開発・輸出・投資判断に影響力を及ぼしたい動機が前面に出やすい構図です。
2)重要鉱物は“掘れば終わり”ではない
レアアース開発は、環境対策(特に放射性物質を伴うケース)と社会的合意形成が成否を左右します。グリーンランドではウランをめぐる政策判断が投資・訴訟リスクにもつながっており、資源を「安全保障カード」として扱うほど、現地の反発と不確実性が増す可能性があります。
3)NATOの一体性への波及
デンマークはNATO加盟国であり、同盟内の領土をめぐる強圧的な言動は、同盟の政治基盤そのものを揺さぶります。対ロ抑止を掲げながら同盟の結束を損ねれば、結果的にロシア側を利するという逆説も生まれ得ます。
4)強硬な言い方ほど“遠心力”を生む
安全保障を理由に「軍事・経済措置を排除しない」と示すだけで、現地は米国をリスク要因として認識しやすくなります。独立論議、対EU・対デンマーク関係、対米協力の受け止め方が絡み合い、短期的な圧力が長期的には米国の影響力を減らす展開も考えられます。
今後の見通し
現実的に想定されるのは、単純な「侵攻か否か」ではなく、次のような複数シナリオの競合です。
- シナリオA:取引型の軟着陸
米国が投資・インフラ支援・長期購入契約(オフテイク)・防衛協力の拡充を提示し、グリーンランド/デンマークは主権を維持したまま、鉱物・基地運用で協力を広げる形です。米国は同盟関係を壊さずに実利を得やすい一方、現地の合意形成が不可欠です。 - シナリオB:圧力強化による関係悪化
経済措置や政治的圧力、情報戦的な手法で譲歩を迫り、デンマーク・グリーンランド側の反発が固定化する形です。短期で成果が出ない場合、対話の窓が狭まり、同盟内摩擦が長引く可能性があります。 - シナリオC:欧州・NATO枠組みでの“管理”
欧州側が北極圏の監視能力や資源戦略を強化し、米国の単独色を薄める方向です。資源の供給網を「同盟・パートナー間で分散」する発想が強まれば、グリーンランドは“争奪の対象”ではなく“共同戦略の拠点”として位置づけ直される余地があります。
注目点は、(1)米国・デンマーク・グリーンランドの高官協議の具体的成果、(2)鉱物開発をめぐる法的・環境的論点の整理、(3)世論の変化、(4)ロシア・中国の実際の関与の度合いです。特に、重要鉱物をめぐる「安全保障化」が進むほど、経済合理性と民主的正統性(住民の意思)の両方をどう確保するかが、各国に突きつけられるテーマになりそうです。
