ロシアで広がる「通信の絞り込み」:サンクトペテルブルクの障害と、デジタル統制がもたらす社会コスト

はじめに
ロシアでは2025年以降、地域単位のモバイル通信制限や速度低下が繰り返され、都市部でも決済・配車・行政サービスなど日常インフラに影響が出ています。サンクトペテルブルクでも2025年末から通信障害が相次ぎ、当局は「安全保障上の措置」と説明する一方、検閲強化や情報統制の一環だと見る指摘もあります。こうした「ネットを止める/細くする」運用が常態化すれば、社会の不満だけでなく、経済活動そのものを摩耗させるリスクが高まります。
背景と概要
ロシア政府は近年、「デジタル主権(digital sovereignty)」を掲げ、国外サービスへの依存を減らし、国内の情報空間を統制しやすい形に作り替える政策を進めてきました。サイト遮断やSNS規制に加え、VPNなど検閲回避手段への締め付けが強まり、通信の遮断・速度制限も「例外的措置」から「運用手段」に変わりつつあります。
この流れを象徴するのが、通信規制当局ロスコムナドзор(Roskomnadzor)の遮断規模の拡大です。報道によれば、同当局は2025年に約128.9万件のオンラインページへのアクセスを遮断し、前年から59%増加しました。特に、規制回避(VPNやプロキシ等)に関する情報への遮断が急増したとされています。
現在の状況
都市部でも起きるモバイル通信の断続的な停止
サンクトペテルブルクでは2025年12月、モバイル通信が十分に使えない状態が続き、決済や配車、配送アプリなどに支障が出たと報じられました。地域当局はドローン脅威などを理由に「速度低下の可能性」に言及し、事業者側も「セキュリティ措置」と説明したケースがあります。
また、こうした通信制限は前線に近い地域だけでなく、遠方を含む広い範囲で報告されており、短時間の遮断から数日・数週間単位へと長期化する傾向も指摘されています。
検閲の「量」が増え、回避手段への締め付けが強まる
ロスコムナドзорによる2025年の遮断件数は約128.9万件(前年比+59%)とされ、検閲回避ツール関連の遮断は「前年比で大幅増」と報じられています。遮断対象が単なる個別サイトから、情報流通の“抜け道”へ移っている点が重要です。
WhatsApp・Telegramへの規制と「国内メッセンジャー」誘導
2025年8月、当局はWhatsAppとTelegramの通話機能を一部制限し、犯罪対策を理由に挙げました。これに対し利用者側は反発を強め、2025年12月には制限をめぐる集団訴訟が提起されたと報じられています(その後、手続き面などを理由に棄却されたとの情報もあります)。
並行して政府は、VK系の「Max(MAX)」など国内メッセンジャーの普及を後押ししています。暗号化やデータ取り扱いをめぐる懸念が指摘される一方、「外国製アプリの不安定化→国内アプリへの移行」という流れを作る政策パッケージとして理解されています。
さらに2026年に入って、WhatsAppを年内に全面遮断する可能性に言及する発言もロシア国内で報じられました。ただし、実施時期や法的根拠、技術的な運用は流動的で、公式決定として確定した情報と、政治的観測が混在している点には注意が必要です。
注目されるポイント
1)「安全保障」を口実にした制限が常態化すると、都市機能が先に傷む
モバイル回線の遮断・速度低下は、情報統制だけでなく決済、物流、配車、医療連絡など都市の基盤に直撃します。年末年始の大都市での遮断示唆が大きな反発を招いたのは、ネットが“娯楽”ではなく生活インフラになっている現実を示します。
2)規制の中心が「コンテンツ」から「回避手段」へ移るほど、閉鎖化が進む
遮断件数の増加に加え、VPNなど回避手段への締め付けが強まると、利用者は外部情報へのアクセスや安全な通信手段を失いやすくなります。これは報道・市民社会への圧力として作用するだけでなく、国際ビジネスや技術活動にも負担となります。
3)経済損失が無視できない水準に膨らむ
民間調査(Top10VPN)では、2025年のネット遮断・制限による経済損失を世界全体で約197億ドルと推計し、ロシアが大きな割合を占めたとされています。ロシアの障害時間が合計で3万7,166時間、損失が約119億ドルという推計も報じられました(算定方法は推計モデルに基づくため幅が出ます)。
4)不満の表出は「街頭」だけでなく「訴訟」など制度的ルートでも起きる
権威主義体制下では抗議行動のコストが高くなりがちですが、通信制限が生活を直撃すると、利用者が行政・規制当局を相手取る形で争う動きが出ます。これは直ちに体制変動を意味しませんが、「統制が便利さを壊した」瞬間に不満が可視化されやすいことは示しています。
今後の見通し
短期的には、当局が「ドローン対策」などを名目に、地域・期間を限定したモバイル通信制限を繰り返す可能性があります。そのうえで、国内メッセンジャーへの誘導や、VPNを含む回避手段の封じ込めが進むと、ロシアのネット空間はより閉鎖的になり、外部情報への接続が不安定化しやすくなります。
一方、遮断や速度低下の頻度が上がるほど、経済活動の摩耗と社会不満は積み上がります。決済や業務連絡の障害は「政治的自由」だけでなく「生活の維持」に直結するため、政権側にとっても統制のコストが上がる局面に入っています。今後は、(1)規制対象の拡大(WhatsApp全面遮断の現実味)、(2)Telegram等への速度制限をめぐる攻防、(3)“ホワイトリスト運用”の常態化、が焦点になりそうです。

