クマ駆除の発砲で猟銃許可は取り消せるのか?最高裁逆転勝訴が問う自治体要請と現場の責任分担

はじめに

北海道砂川市でヒグマ駆除のために発砲したハンターの猟銃所持許可を北海道公安委員会が取り消した問題で、最高裁は2026年3月、処分を違法と判断しました。判決は、発砲に危険性があったこと自体は否定しませんでしたが、それでも許可取り消しという重い処分まで行うのは行き過ぎだと位置づけました。今回の判断は、クマ対策の現場で自治体、警察、ハンターがどこまで責任を分担するのかという、制度の根本に踏み込む意味を持っています。

背景と概要

発端は2018年8月、砂川市内の住宅などがある地域でヒグマが目撃された事案です。最高裁判決によると、原告の男性は市の鳥獣被害対策実施隊員として市から出動要請を受け、現場に向かいました。いったんは子グマなので逃がす案を提案したものの、市職員は住民の強い要望や連日の出没を理由に駆除を依頼し、警察官と市職員は住民を屋内に避難させる対応を取りました。男性は約18メートル先のヒグマに向けて1発発射し命中させましたが、弾丸はヒグマを貫通し、別の実施隊員が持っていた猟銃の銃床にも当たりました。

この発砲を受け、北海道公安委員会は2019年、建物などに弾丸が到達するおそれがある方向への発砲だったとして、鳥獣保護管理法と銃刀法に反すると判断し、猟銃所持許可を取り消しました。これに対し男性は処分の取り消しを求めて提訴し、1審の札幌地裁は処分を違法と判断した一方、2審の札幌高裁は跳弾などの危険も含めて適法と判断しました。最高裁はこの高裁判決を破棄し、最終的に北海道公安委員会の処分を取り消しています。

この事件が大きく注目されたのは、単なる個別の行政処分にとどまらないからです。クマ被害は全国で深刻化しており、環境省の公表資料では、2025年度はクマ類の人身被害者数が9月末時点で108人、死者数が10月29日時点で12人と、極めて厳しい状況でした。政府も、クマの分布域が生活圏周辺まで拡大し、個体数も増加傾向にあるとして対策強化を進めています。つまり、この裁判は「危険な現場に出たハンターを後からどこまで法的に処分できるのか」という、全国の鳥獣対策に共通する問いに変わっていったのです。

現在の状況

今回の最高裁判決で重要なのは、裁判所が発砲の危険性そのものを否定していない点です。判決は、周辺の建物や関係者に弾丸が当たる危険があり、実際に同僚隊員の猟銃の銃床を貫通したこと、さらに発砲者が安土の確保など基本的な安全判断を誤った可能性も否定できないと述べました。そのうえで、発砲は市の要請を受け、住民避難の措置が取られた中で、住民の生命、身体、財産、生活環境の保護に資する重要な活動の一環として行われたと認定しています。

その結果、最高裁は「違反事由があるか」と「許可取り消しまで相当か」は別問題だと整理しました。判決は、個人の猟銃許可を取り消すことが当人に酷であるだけでなく、鳥獣被害対策実施隊員が有害鳥獣捕獲を行うことや、民間人が実施隊員に任命されること自体をちゅうちょさせ、職務遂行に萎縮的な影響を与えるおそれがあると指摘しました。北海道公安委員会の判断は「重きに失する」とされ、裁量権の逸脱・濫用として違法と判断されています。

判決後、北海道公安委員会は「池上様にご不便、ご負担をおかけしたことに対しお詫びを申し上げますとともに、速やかに猟銃の返還に向けた手続きを進めてまいります」とコメントしました。あわせて、最高裁判決の内容を精査し、適正な行政処分の実施に努めること、市町村や猟友会と連携しながらヒグマ対策に適切に対応するよう北海道警察を指導していく考えも示しています。

注目されるポイント

第一に、この判決は「クマ駆除なら危険な発砲でも許される」と述べたものではありません。むしろ最高裁は、現場の発砲に危険性があったことを明示しました。そのうえで、自治体の要請、公務としての性格、住民避難の実施、緊迫した現場状況などを総合して、許可取り消しという最も重い行政処分は均衡を欠くと判断しました。論点は発砲の善悪を単純に白黒つけることではなく、危険があった現場対応に対して行政がどこまで重い不利益処分を科せるかという点にあります。

第二に、この事件は自治体要請と個人責任のねじれを浮かび上がらせました。最高裁が重視したのは、発砲者が個人的な狩猟ではなく、市の鳥獣被害対策実施隊員として出動していたことです。特措法のもとで実施隊員は非常勤の公務員として位置づけられ、国や自治体はこうした活動を支援する前提で制度を組み立てています。にもかかわらず、現場で求められた対応の結果について、個人の猟銃許可に直接最大級の不利益を科せば、制度全体の実効性が損なわれるというのが最高裁の考え方でした。

第三に、2025年9月から始まった「緊急銃猟」制度との関係でも、この判決は重い意味を持ちます。環境省は、人の日常生活圏にクマやイノシシが出没した場合、市町村の判断で銃器を使った捕獲ができる制度を始めました。環境省資料では、緊急銃猟は市町村が行い、最終的責任は市町村が負う一方、使用する銃種、射撃する角度やタイミングなどの銃猟行為は捕獲者の専門性に委ねられると整理されています。つまり、制度上は自治体責任を明確にしつつも、最後の判断は依然として現場のハンターに大きく依存しているのです。

第四に、警察の位置づけも変わりつつあります。警察庁の通達では、緊急銃猟の実施権限は市町村長にあり、警察はその判断権限を持たない一方、避難誘導、交通規制、警戒活動などで連携するとされています。今回の砂川の事案でも、現場では警察官が住民避難に関わっていました。今後は、誰が発砲を判断し、誰が安全確保を担い、事故や物損が起きた場合に誰が法的・行政的に責任を負うのかを、事前のマニュアルや訓練で一層明確にする必要があります。

今後の見通し

今後の実務では、自治体の対応手順の見直しが進む可能性があります。環境省は緊急銃猟ガイドラインを公表し、市町村向けに安全対策や事前準備を示しています。また、ハンター向け資料では、短期的には高い技術を持つハンターの協力を得ざるを得ない状況だと認めています。最高裁判決を受けて、自治体側は出動要請の基準、避難範囲、発砲可能な条件、保険や補償の整備をこれまで以上に詰める必要に迫られそうです。

一方で、法的な不安が完全に解消されたわけではありません。環境省資料でも、射撃タイミングなどの銃猟行為は捕獲者の専門性に委ねられるとされ、個別の責任判断は最終的に事案ごとに裁判所が判断すると整理されています。つまり、制度が整っても、現場での安全確認や判断ミスが問題になれば、別の形で責任が問われる余地は残ります。今回の判決が示したのは、危険があった場合でも常に許可取り消しが正当化されるわけではないという線引きであって、現場判断の重さ自体が軽くなったわけではありません。

総じていえば、今回の最高裁判決は、クマ対策の担い手を守る方向に大きくかじを切った判断です。ただし、本当に問われているのは、ハンター個人を守ることだけではありません。自治体が要請し、警察が安全確保に関わり、ハンターが最終的な射撃判断を担うという現行の仕組みそのものを、事故を防ぎつつ持続可能にできるのかどうかです。判決は一区切りですが、制度設計の見直しという本題はむしろここから始まるといえます。

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