米国が「影の船団」取り締まりを強化:タンカー拿捕が示す“制裁の実力行使”とロシア石油収入への波及

はじめに
2026年1月、米国がカリブ海で制裁対象のタンカー「Veronica(ベロニカ)」を拿捕し、映像も含めて公表しました。米南方軍(SOUTHCOM)は、制裁逃れの航行を止めるための作戦として位置づけています。一連の拿捕は主にベネズエラ産原油の流通を狙った動きですが、船舶の所有・運航網にはロシア系の関与も指摘され、ロシアの「影の船団」対策とも重なり始めています。
背景と概要
「影の船団(shadow fleet / dark fleet)」とは、船名や船籍の変更、運航主体の秘匿、AIS(船舶自動識別装置)の停止などで追跡を逃れ、制裁対象国の原油を運ぶ船団を指します。近年はロシア・イラン・ベネズエラなど複数の制裁対象国で共通の“抜け道インフラ”として機能してきました。
欧州では2025年末、EUがロシアの影の船団に関連する船舶を追加制裁対象に入れ、G7/EUがロシア産原油の輸送を支える「海運サービス(保険・船舶サービス等)」そのものを禁じる案も検討していると報じられています。こうした流れの中で、米国の動きは「書類上の制裁」ではなく、臨検・拿捕という物理的な強制力を伴う点が特徴です。
現在の状況
米南方軍は2026年1月15日、「Veronica」をカリブ海で拿捕したと発表しました。SOUTHCOMによると、空母「USS Gerald R. Ford」から出動した部隊が、国土安全保障省(DHS)支援のもとで臨検・拿捕を実施したとしています。
APは、この拿捕が**米軍による制裁タンカー拿捕の“6隻目”**で、マドゥロ前大統領拘束(米側主張)後では4隻目に当たると報じました。また「Veronica」はガイアナ船籍を掲げていたものの、過去にロシア企業が所有・管理した経緯や、同一登録番号の船がロシア関連の違法取引で制裁対象になった経緯があるとも伝えています。
なお、こうした“ベネズエラ関連”の拿捕作戦は、ロシアと直接の制裁文脈だけで説明できません。一方で米国は1月7日、ロシア船籍のタンカー「Marinera」を北大西洋(アイスランド近海)で拿捕したとも報じられており、ロシア側は国連海洋法条約(UNCLOS)に触れながら「違法」「海賊行為」と反発しました。
注目されるポイント
- 「ベネズエラ制裁」でも、ロシアの抜け道に波及する構造
影の船団は国別に分断されておらず、船・運航会社・ブローカー・保険等が重なり合います。米国の拿捕が続けば、ロシア産原油輸送に関わる事業者にも「次は自分たちが対象になり得る」というリスク認識が広がり、輸送コスト上昇や割引拡大(実質収入の低下)につながる可能性があります。 - “拿捕の連鎖”が狙うのは、船そのものより運用ネットワーク
Reutersは、米政府がベネズエラの石油取引に関連する多数の船について、差し押さえのための令状を求める動きがあると伝えています。対象が点ではなく面に広がるなら、船籍偽装や名義変更といった常套手段の効果は落ちやすくなります。 - ロシアの反発は「法」と「力」のせめぎ合いを映す
ロシアは「公海上の自由航行」を根拠に違法性を主張しています。一方、法的評価はケースごとの事実関係(制裁根拠、管轄、旗国の扱い、令状の有無など)に左右され、国際法上の論点は整理が必要です。Just Securityなどでも法的論点の検討が出ています。 - 「沈黙」より重要なのは、実務のダメージと偶発的衝突リスク
ロシア側は強い言葉で非難しつつも、現場で拿捕を止められなかったことが印象づけられました。加えて「Marinera」をめぐってはロシア人船員の扱いが外交案件化し、のちにロシア側は米国が船員2人を解放したと発表しています。拿捕が常態化すれば、偶発的な軍事・外交摩擦が増えるリスクも高まります。
今後の見通し
今後の焦点は、米国の“実力行使型”の取り締まりがどこまで継続・拡大するかです。Reutersは、ベネズエラの石油取引に関与した船舶をめぐり、追加の差し押さえに向けた動きがあると報じています。これが本格化すれば、影の船団の運用コストは上がり、ロシアを含む制裁対象国の輸出収入に間接的な圧力がかかり得ます。
同時に、EU側でも影の船団への制裁強化や、海運サービスの包括禁止といった議論が続いています。米国と欧州の取り組みが連動すれば、制裁逃れの“港・保険・船舶整備”といった周辺インフラが締まり、抜け道の余地が狭まる可能性があります。
一方で、拿捕が増えれば法的な対立や、海上での不測の接触リスクも上がります。制裁強化がエネルギー市場や地域情勢(特にカリブ海・大西洋での軍事プレゼンス)に与える副作用も含め、短期的な“戦果”だけでなく中長期の安定性という観点での監視が必要です。
