COP29後のアゼルバイジャンを日本はどう見るべきか?JCMとグリーンエネルギー回廊の可能性

はじめに
COP29を開催したアゼルバイジャンは、いまや単なる産油・産ガス国ではなく、気候外交とエネルギー回廊外交を同時に動かす国として見られ始めています。日本にとっても同国は、従来のエネルギー安全保障の相手というだけでなく、脱炭素協力の制度づくりや、欧州・中央アジアを結ぶ新しい電力・物流回廊の結節点として注目すべき存在です。実際、日本政府は2025年3月、COP29議長国としてのアゼルバイジャンの取り組みに敬意を示しつつ、脱炭素と経済分野での協力強化を改めて確認しています。
ただし、期待だけで語るのは危険です。日本とアゼルバイジャンのJCMはすでに発足している一方で、現時点では登録案件がまだゼロです。さらに、アゼルバイジャンが推進するグリーンエネルギー回廊も、構想としては前進しているものの、大規模な送電網整備や資金調達、ルール形成はこれからが本番です。日本が同国をどう見るべきかを考えるには、「制度はできたが案件はこれから」というJCMの現実と、「構想は大きいが実装は長期戦」という回廊構想の両方を直視する必要があります。
背景と概要
アゼルバイジャンは2024年11月11日から22日までバクーでCOP29を開催し、自国のCOP議長国としての役割を足場に、気候変動対応とエネルギー政策を結びつける外交を打ち出しました。日本の外務省が整理したCOP29の結果でも、アゼルバイジャン主導の宣言として水、観光、都市、透明性、農業など複数分野のイニシアティブが記録されています。アゼルバイジャン大統領府も、COP29で「グローバル蓄電・送電網誓約」「グリーンエネルギー・ゾーンと回廊の誓約」「水素宣言」という3つの主要エネルギー構想を提示したと説明しています。
この動きの背景には、アゼルバイジャンが従来から持つ「化石燃料の供給国」としての地位があります。EUの公式説明では、アゼルバイジャンは南部ガス回廊を通じてEUのガス需要の約4%を供給する重要なエネルギーパートナーであり、2021年から2024年にかけて対EUガス供給は40%超増加しました。その一方でEUは、アゼルバイジャンとの協力をガスだけでなく、再エネ、メタン対策、地域のエネルギー連結性強化へ広げています。つまりCOP29後のアゼルバイジャンは、化石燃料国家から再エネ国家へ単純に転身するのではなく、ガスとグリーン電力の両方を武器にする「ハイブリッド型エネルギー国家」として振る舞っていると見るのが正確です。
現在の状況
日本との脱炭素協力で最も制度的に重要なのがJCMです。日本とアゼルバイジャンは2022年9月にJCM設立のための協力覚書に署名し、日本の環境省は当時、アゼルバイジャンが20番目のJCMパートナー国になったと発表しました。日本の外務省によると、2026年4月時点でJCMパートナー国は32か国に拡大しており、アゼルバイジャンはその一角を占めています。JCMはArticle 6.2に整合的な形で、先進的な脱炭素技術やインフラの導入を通じて双方のNDC達成に貢献する仕組みとして位置づけられています。
ただし、JCMはまだ「制度がある」段階にとどまっています。アゼルバイジャン向けJCMの公式ページでは、現時点で登録済み案件はゼロです。これは、日本とアゼルバイジャンの間に脱炭素協力の枠組みは存在するものの、案件形成や方法論整備、民間投資の組成がこれから本格化することを意味します。日本がアゼルバイジャンを過大評価せずに見るなら、「JCMはすでにあるが、まだ成果を語る段階ではない」という認識が出発点になります。
一方、グリーンエネルギー回廊構想はCOP29後にむしろ前へ進んでいます。アゼルバイジャン大統領府によれば、2022年12月にはアゼルバイジャン、ジョージア、ルーマニア、ハンガリーの4か国が、カスピ海のグリーン電力を欧州へ送る「Caspian–Black Sea–Europe Green Energy Corridor」の戦略的パートナーシップ協定に署名しました。さらにCOP29期間中の2024年11月13日には、アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタンが、グリーン電力の開発・送電に関する戦略的パートナーシップ協定に署名しています。アゼルバイジャン側はこれを、中央アジアの再エネ資源と自国の再エネ資源を束ねて欧州のエネルギー安全保障に役立てる構想として説明しています。
EU側もこの流れを後押ししています。2025年4月のEU・アゼルバイジャン共同声明では、バクーで開かれた南部ガス回廊・グリーンエネルギー諮問会合に24政府・52機関が参加し、アゼルバイジャンと中央アジアの豊富なグリーン電力を欧州へ運ぶ複数の回廊プロジェクトが議論されたと明記されました。さらにEUは2025年10月、南コーカサスと中央アジアをEUへつなぐ「Cross-Regional Connectivity Agenda」を立ち上げ、輸送、エネルギー、デジタル接続を一体で強化する方針を示しています。
注目されるポイント
第一に、日本はアゼルバイジャンを「ガス供給国」だけで見る時代を終える必要があります。もちろん同国はなお欧州向けガス供給で大きな役割を持ちますが、COP29後はそれに加えて、送電網、蓄電、水素、再エネ回廊を組み合わせる新しいエネルギー外交を前面に出しています。日本にとって重要なのは、アゼルバイジャンを化石燃料依存の過去の相手としてではなく、エネルギー転換の過程にあるインフラ国家として捉え直すことです。
第二に、日本の最大の接点は、現時点では巨大投資よりもJCMです。JCMはまだ案件ゼロですが、それは裏を返せば、日本企業の技術、設備、制度設計が入り込む余地がまだ大きいことを意味します。送配電の高効率化、工場や都市インフラの省エネ、再エネ設備、メタン削減、港湾・物流拠点の脱炭素化などは、アゼルバイジャン側の需要と日本の得意分野が比較的かみ合いやすい領域です。日本はまずJCMを通じて「実証と制度」を押さえ、その上で大型案件に広げる方が現実的です。
第三に、グリーンエネルギー回廊への日本の関わり方は、主導者ではなく「技術・金融・標準の参加者」として考えるのが妥当です。いま回廊構想を直接押しているのはアゼルバイジャン、EU、周辺国であり、日本がそこで欧州の代わりに前面に出る構図ではありません。むしろ日本に現実味があるのは、送電、蓄電、電力制御、脱炭素インフラ、港湾・物流設備、案件形成の金融支援などで部分参加することです。特にEU側がエネルギー、輸送、デジタルを一体で見ている以上、日本も単なる発電設備売り込みではなく、回廊全体のインフラ設計の一部を担えるかどうかが問われます。
第四に、過大評価を避ける視点も必要です。JCMはまだ動き出しておらず、回廊構想も海底送電線や域内送電網の整備、投資判断、政治的安定など不確定要素が大きいからです。COP29開催でアゼルバイジャンの存在感は高まりましたが、それだけで脱炭素先進国になったわけではありません。日本に必要なのは、象徴的なCOP開催国として持ち上げることではなく、「制度は整い始めたが、実装はこれから」という冷静な見立てです。
今後の見通し
今後の焦点は二つあります。ひとつは、日・アゼルバイジャンJCMで最初の案件が実際に立ち上がるかどうかです。最初の案件が出れば、日本にとってアゼルバイジャンは単なる潜在協力国ではなく、Article 6.2を実装する南コーカサスの実務相手に変わります。もうひとつは、アゼルバイジャンが主導するグリーンエネルギー回廊が、EUの接続性戦略や中央アジアとの連携の中でどこまで具体化するかです。この二つが前に進めば、日本にとってアゼルバイジャンは「ガスの国」から「脱炭素と接続性の国」へと見え方が変わっていくはずです。
総じていえば、COP29後のアゼルバイジャンを日本がどう見るべきかという問いへの答えは明快です。過大評価は禁物ですが、軽視もできません。JCMではまだ案件形成前夜にあり、グリーンエネルギー回廊では欧州と中央アジアを結ぶ結節点として存在感を増しています。日本がいま取るべき姿勢は、アゼルバイジャンを気候外交の象徴として眺めることではなく、脱炭素制度、送電・蓄電インフラ、広域接続の実務が動き出す場所として見定めることです。

