中国はなぜ今「日本を失う意味」を考え始めたのか?―サプライチェーン再編と“信頼の空白”

はじめに

中国の製造業を取り巻く空気が、ここ1〜2年で少しずつ変わり始めています。焦点は「日本の技術を代替できるか」ではなく、取引の前提になっていた“安定品質”や“約束を守る運用”まで含めて置き換えられるのか、という点です。日本企業の中国ビジネスが「拡大一辺倒」ではなくなり、移管・分散の動きが積み上がるほど、その“空白”が見えやすくなっています。 ジェトロ+2ジェトロ+2

背景と概要

日中経済関係は、貿易・投資の規模が大きい一方で、政治・安全保障の緊張が企業活動に影響しやすい構造でもあります。日本の対中直接投資は統計上は増減を繰り返しながら続いており、例えば2024年は前年差で増加したという整理もあります。つまり「全面撤退」が現実になったというより、“継続しつつも依存度を下げる”方向への圧力が強まっている、と捉える方が実態に近い状況です。 外務省+1

この圧力の源泉は複合的です。企業側のアンケート・分析では、中国事業の縮小・撤退理由として「地政学リスクの高まり」が上位に来るという結果が示されています。コスト優位性の低下、現地需要の変化、規制影響といった要因も絡み、単一理由で説明しにくい“構造変化”になっています。 日本政策金融公庫

現在の状況

足元で目立つのは、生産・調達の「中国一極」からの分散です。ジェトロは、日本や中国からASEANへの生産移管が進んでいることをデータで示しており、コストだけでなくBCP(事業継続)や人材確保も背景に挙げています。中国からASEANへ“一部工程”を動かすだけでも、現地のサプライヤー構造や品質管理の前提が変わり、これまで見えにくかった工程上の弱点が顕在化しやすくなります。 ジェトロ+1

同時に中国側も、自立化(国産化)を政策的に強めています。半導体分野では、当局が新設・増設の投資審査の過程で「新規能力は国産設備比率50%」を求める運用が進んでいる、と報じられました。これは米国の対中規制強化を受けた供給網の再設計であり、日本を含む海外サプライヤーの市場機会を狭め得る動きです。 Reuters

加えて、重要鉱物の輸出管理など、経済安全保障をめぐる相互不信も企業の判断材料になります。中国がガリウム・ゲルマニウムなどの輸出規制を段階的に強化してきたことは、供給の安定性を重視する産業ほど、調達先の多元化を促しやすい要素です。 ui.se+1

注目されるポイント

1) 「技術の代替」より難しい、“運用の代替”

製造業で問題になりやすいのは、スペック上は同等に見えても、長期運用でのばらつきや微細な不具合が蓄積し、最終的な歩留まりや信頼性に跳ね返る点です。ここで差が出るのは、図面や装置だけでなく、工程条件の詰め方、変更管理、基準遵守の文化、取引先とのすり合わせといった“暗黙知”の領域です。短期的なコストや納期の最適化と、長期的な安定品質の両立は、サプライチェーン全体で同じ思想が共有されないと成立しにくい――これが「日本を失う意味」が“製品の不足”では語り切れない理由です。

2) 目立たない工程を支える「材料・化学」の重み(フジフイルムの例)

象徴的なのが、半導体・電子部品などで重要性が増す材料分野です。フジフイルムは、フォトレジストやCMPスラリー、プロセスケミカルなど、製造工程の“裏側”を支える素材群を事業の柱として位置づけています。こうした材料は、最終製品の性能そのものというより、工程の再現性・安定性に直結しやすい領域です。 富士フイルム+2富士フイルム+2

同社は中国にも、半導体向け化学材料の開発・製造を担う拠点(蘇州)を含む現地法人を置いており、日系企業が中国の高度製造を“部材・工程”面で下支えしてきた一例と言えます。もし取引や協業が細る場合、単なる供給不足というより、品質保証や工程最適化の「共同作業」が細り、その分だけ現場の試行錯誤コストが増える、という形で影響が出やすくなります。 富士フイルム

3) 「脱・中国」でも「中国回帰」でもない、二分化する企業行動

重要なのは、現実が白黒ではないことです。中国に残る企業も多く、投資姿勢は業種・顧客・規制感応度で割れます。調査・報道でも、在中国日系企業の「拡大意欲」は低下してきた一方、「現状維持」が多数派で、縮小・撤退は一定割合にとどまる、という見え方が示されています。 ジェトロ+1

この「維持しながら分散する」動きが続くほど、中国側から見れば“日本を一気に失う”というより、静かに存在感が薄れ、ある時点で工程の弱点や信頼の空白として認識されやすくなります。

今後の見通し

今後は大きく3つのシナリオが考えられます。

1つ目は、相互不信が続き、重要分野ほど「技術・装置・材料のブロック化」が進む展開です。中国の国産化要請が強まれば、海外企業は参入余地が限定され、協業の“質”が落ちる可能性があります。 Reuters

2つ目は、分散を前提にした“管理の高度化”が進み、中国は中国で国産化を進めつつ、日本企業はASEAN・インドなどへ工程分散しながら中国市場も一定程度維持する形です。すでに生産移管の受け皿としてASEANが存在感を増しており、この流れは続く可能性があります。 ジェトロ+1

3つ目は、政治・規制環境が部分的に安定し、特定領域で協業が再拡大するケースです。ただし経済安全保障の観点から、日本側でも投資・技術・情報の扱いを厳格化する流れがあるため、元の状態に戻るというより「条件付きの協力」に収れんしていく公算が大きいでしょう。 Reuters

いずれのシナリオでも鍵になるのは、単なる生産能力の代替ではなく、品質・基準・約束を支える運用の積み重ねをどう設計するかです。中国がいま「日本を失う意味」を考え始めたとすれば、それは“技術移転の次の段階”――すなわち、産業を下支えしてきた信頼インフラの再構築という課題に直面しつつあるからだと言えます。

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