日本とカザフスタン、協力の軸は石油から“経済安全保障の多層化”へ

はじめに
日本とカザフスタンの関係は、従来の資源・エネルギー協力を土台にしつつ、ここ1年で明らかに広がりを見せています。2025年3月には両国外相が「2025-2026年の日本・カザフスタン外務省間の協力のための行動計画」に署名し、同年12月の首脳会談では「将来に向けた拡大された戦略的パートナーシップ」の強化が確認されました。最近の特徴は、石油やウランのような従来型の資源協力だけでなく、重要鉱物、物流、AI、金融支援、人材育成まで含む形に軸足が広がっている点にあります。
もっとも、これは日本が中東依存から一気に離脱したことを意味しません。資源エネルギー庁によると、日本の2023年度の原油輸入に占める中東依存度は94.7%で、依然として極めて高い水準です。したがって、カザフスタンとの協力強化は「ホルムズ依存の代替完了」ではなく、供給網や経済安全保障上の選択肢を増やす動きとして理解するのが正確です。
背景と概要
今回の協力強化の出発点として重要なのが、2025年3月の日・カザフスタン外相会談です。この場で両国外相は「2025-2026年の日本・カザフスタン外務省間の協力のための行動計画」に署名・交換しました。これにより、二国間関係は個別案件の積み上げではなく、政府間で方向性を持った中期的な協力枠組みへ進み始めたと位置づけられます。
その流れを決定づけたのが、2025年12月の首脳会談と共同声明です。共同声明では、両国の重点協力分野として「グリーン・強靱化」「連結性」「人づくり」の3本柱が示されました。これは、従来の上流資源開発中心の関係から、脱炭素、サプライチェーン、物流、人材交流までを含む包括的な経済安全保障協力へと関係の射程が広がったことを意味します。
同じ2025年12月には、経済産業省、ジェトロ、ROTOBO主催で「中央アジア+日本」ビジネスフォーラムが開かれ、中央アジア全体で158件の覚書が締結・披露されました。これは日本側と中央アジア側の官民双方が、地域全体との経済関係を一段深める意思を示したもので、カザフスタンとの協力もその中核の一つに位置づけられています。
現在の状況
現在の協力で最も目立つのは、エネルギー協力の中身が変わっている点です。共同声明では、日本の経済産業省とカザフスタン・エネルギー省がエネルギートランジションに関する協力覚書に署名したこと、第2回経済エネルギー対話でネットゼロ目標に向けたエネルギートランジション・ロードマップが提示されたことが歓迎されました。協力対象としては、省エネ機器、太陽光、風力、水素・アンモニア、CCUS、持続可能燃料に加え、小型モジュール炉や原子力の平和利用まで含まれています。つまり、エネルギー分野でも焦点は「原油の確保」だけではなく、「脱炭素と安全保障を両立する技術協力」へと広がっています。
重要鉱物分野でも、最近の協力強化はかなり具体的です。共同声明では、中央アジアの経済的強靱性の強化に向け、サプライチェーンの強靱性とクリーンエネルギー転換、さらに製造業に不可欠な重要鉱物での協力が明記されました。加えてJOGMECは2026年1月、カザフスタン国営会社Tau-Ken Samrukとの金属鉱物資源協力覚書を歓迎し、今後の協力発展を確認したと公表しています。ここから見えるのは、日・カザフ協力の中心が、単なる資源輸入から「供給網の安定確保」へと移っていることです。
物流と交通の分野でも、協力はかなり踏み込んでいます。共同声明では、両国が「カスピ海ルート」での協力促進と拡大で一致し、日本側がアクタウ港税関における貨物検査機材整備を支援すること、官民連携による輸送調査や現地視察を通じて運用環境の理解を深めていることが盛り込まれました。さらに、2026年に予定される直行便就航と、日本航空とエア・アスタナによるコードシェア契約、航空協定交渉の開始でも一致しています。これは、資源国としてのカザフスタンだけでなく、ユーラシア物流の結節点としてのカザフスタンを日本が重視し始めたことを示しています。
金融・制度面の下支えも進んでいます。NEXIは2025年12月、KazakhExportとの協力覚書を締結し、非一次産品やサービス財の輸出促進、知見共有、中央アジア向けの日本企業支援を強化するとしました。これは、協力の重点が「原料を買う」だけでなく、「案件を成立させる金融・保険基盤を整える」段階に入っていることを示します。
さらに、共同声明ではAIも新たな協力分野として位置づけられました。両国は、安全・安心で信頼できるAIのガバナンスとエコシステムの開発・支援で協力することで一致し、日本・中央アジアパートナーシップを含めた共同プロジェクトへの関心を示しています。経済安全保障の対象が、エネルギーや資源だけでなく、デジタル基盤や技術標準にも広がっていることが分かります。
注目されるポイント
第一に、最近の協力強化は「石油依存からの転換」ではあっても、「石油との決別」ではありません。日本の原油調達構造は依然として中東偏重であり、カザフスタンがそのままホルムズ海峡の代替になるわけではありません。ただし、日本側がカザフスタンとの関係を深めることで、エネルギー安全保障を原油調達一本ではなく、重要鉱物、原子力協力、物流、金融支援まで含む多層的なものへ変えようとしていることは確かです。
第二に、日・カザフ協力の最近の中核は、むしろ重要鉱物と供給網にあります。JETROの2026年3月公表レポートは、日本からカザフスタンへの累積投資額が2025年に85億ドル超に達し、ウラン採掘、化学、重機などに集中していると整理しています。そこに重要鉱物やレアアース、金属分野が加わることで、関係は単なる資源国と輸入国の関係ではなく、産業基盤とサプライチェーンを共有する関係へと変わりつつあります。
第三に、物流・交通の強化は、エネルギー協力以上に中長期の意味を持つ可能性があります。カスピ海ルートやアクタウ港への支援、直行便、コードシェア、航空協定交渉は、カザフスタンを資源供給国として見るだけでなく、欧州とアジアを結ぶ回廊国家として位置づけ直す動きです。地政学リスクが高まる時代に、物流経路そのものを多角化することは、経済安全保障の重要な柱になりつつあります。
第四に、現時点では「覚書」と「実行済み案件」を分けて見る必要があります。METIが公表した158件の文書は、中央アジア全体での覚書や披露案件であり、すべてが即時に大型投資として実現するわけではありません。したがって、最近の協力強化は確かに事実ですが、それを過度に膨らませて「巨額契約が一気に成立した」と断定するのではなく、官民の制度設計と案件形成が並行して進んでいる段階と捉えるのが適切です。
今後の見通し
今後の焦点は、共同声明や覚書の内容がどこまで具体的な事業に落ちるかです。エネルギートランジション・ロードマップが実際の設備投資や技術導入につながるのか、重要鉱物分野で日本企業の権益確保や共同開発が進むのか、アクタウ港支援やカスピ海ルート調査が物流の実運用改善に結びつくのかが問われます。最近の協力強化は、方向性としては明確ですが、真価が見えるのはこれからです。
その意味で、日本とカザフスタンの関係は、石油やウランをめぐる従来型の資源協力を土台にしながら、経済安全保障の時代に合わせて“多層化”へ進んでいるといえます。エネルギー、重要鉱物、物流、AI、金融、人材育成を束ねる形で協力を組み立てられれば、両国関係は単なる資源外交を超えた戦略的パートナーシップへ進む可能性があります。一方で、日本の中東依存がなお高い以上、カザフスタンとの協力を過大評価せず、「代替」ではなく「選択肢の拡張」として位置づける視点が引き続き重要です。

