高GDPでも暮らしが苦しい?シンガポールで強まる「生活コスト圧力」と人材流出懸念

はじめに

シンガポールは1人当たりGDPが9万ドル前後と、世界でも上位の豊かさを誇ります。
一方で、物価・住宅・移動コストの高さや競争の強い社会構造が、家計の負担感や将来不安を増幅させているのも事実です。近年は「住み続けにくさ」が可視化され、海外就労・移住志向の高まりが議論されています。

背景と概要

シンガポール経済の強さは、金融・貿易・高度人材を軸にした“超開放型”モデルに支えられてきました。安全性、法制度、税制、英語環境などが国際資本を呼び込み、富の集積を促してきた側面があります。
しかし、この成功モデルには構造的な制約もあります。最大の特徴は「土地が狭い都市国家」であることです。限られた土地に人口と資本が集中するため、住宅・オフィス・インフラのコストが上振れしやすく、生活費が景気以上に上がりやすい環境にあります。

また、“豊かさ”を示すマクロ指標と、住民が感じる生活満足の間にギャップが生じることもあります。世界幸福度ランキングではシンガポールは2025年版で34位とされ、経済水準の高さだけでは幸福度が決まらない現実が示唆されています。

現在の状況

1) 物価と家計負担:2026年はインフレ再上昇の見通し

2025年はインフレが落ち着いた局面がありましたが、当局は2026年に物価上昇率が持ち直す可能性を示しています。背景には人件費上昇や内需の底堅さが挙げられています。

2) 「世界で最も高い都市」評価と、その注意点

エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の調査では、シンガポールが世界で最も物価の高い都市の上位に位置づけられてきました。
ただし、この種の指数は「駐在員(エクスパット)向けの購買バスケット」を前提とする場合があり、住民の実感とズレる点も政府が注意喚起しています。

3) 住宅:価格上昇は鈍化しても、“高止まり感”が残る

  • 公営住宅(HDB)の転売価格上昇は、2025年は前年より大きく鈍化したとされています。
  • それでも「100万シンガポールドル以上」の高額取引は増え、2025年に記録的な件数になったとの報道もあります。
  • 民間賃料は2025年後半に弱含む局面が見られ、4Q2025は下落したとされていますが、家計の負担感がすぐに解消されるとは限りません。

4) 移動コスト:COE(車の保有権)が家計に与えるインパクト

自動車を保有するには、COE(Certificate of Entitlement)という制度により高額な権利金が必要です。2026年1月の入札結果でも、乗用車カテゴリーで10万〜12万シンガポールドル台と高水準でした。
(過去にはカテゴリによって15万シンガポールドル超が話題になった局面もあり、費用の振れが大きいこと自体が生活設計の不確実性になります。)

5) 税負担:GST(消費税)の引き上げ

GSTは段階的に引き上げられ、2024年1月から9%が適用されています。

6) 人口・人材:海外志向と“都市の入れ替わり”への不安

  • 国際的な人材流動の調査では、シンガポールの労働者の「海外移動意向」が一定程度高いことが示されています(例:調査で「移る意思あり」が約3/5とされる)。
  • 一方で、国内の人口増は非居住者(外国人労働者)増に支えられており、移民・外国人比率をめぐる議論は政治的にも敏感です。

注目されるポイント

ポイント1:家計が直面する「三重苦」、住居・移動・日常コスト

シンガポールの負担感を強めるのは、単一の物価上昇ではなく、生活の土台(住居・交通)が高コスト化しやすい構造です。
土地制約に加えて、交通はCOE制度という“価格シグナル”で需給調整されます。結果として、中央値に近い所得層でも「日常の固定費が重い」状態になりやすい点が重要です。

ポイント2:国際資本の流入と、不動産・生活コストへの波及

シンガポールは富裕層の資産管理拠点としての存在感を高めてきました。実際、シングル・ファミリーオフィスの数は近年急増し、2024年時点で2,000に達したとの発言が報じられています。
政府は不動産市場の過熱を抑えるため、外国人の追加印紙税(ABSD)を高率化(60%)するなどの措置を導入しています。
ただし、資本流入が続くと「住宅・サービス価格の上振れ圧力」と「国内の体感格差」が同時に進み、社会の受容力が試されます。

ポイント3:働き方・少子化、“持続可能性”の問題としての生活圧力

労働時間は週43〜44時間台という統計が示されており、長時間化が常態化しやすい産業構造も指摘されます。
さらに、合計特殊出生率(TFR)は0.97という低水準が続いています。
家計負担と競争圧力が強い社会では、結婚・出産・子育ての意思決定が難しくなりやすく、人口動態の課題が“生活のしんどさ”と結びついて見えます。

ポイント4:越境通勤という「コスト調整」と、インフラ整備

生活費を抑えるため、近隣国側に居住し越境通勤するという選択肢が注目されることがあります。シンガポールとジョホールバルを結ぶRTSリンクは、2026年末の開業が目標とされています。
インフラは負担軽減に寄与し得る一方で、「国内で暮らしを完結できない」という感覚を強める可能性もあり、社会的な受け止め方は分かれます。

今後の見通し

2026年の焦点は、①インフレ再上昇に対する政策運営、②住宅市場の“鎮静化”と供給拡大、③人口・人材戦略のバランス、の3点です。

  • インフレ:当局は2026年の物価上昇率の持ち直しを見込んでおり、金融政策スタンスや家計支援策が注目されます。
  • 住宅・賃料:足元では価格・賃料の上昇が鈍化する兆しもありますが、高額取引の増加が続く限り「住みやすさの回復」には時間がかかる可能性があります。
  • 社会の受容力:国際資本と高度人材の受け入れは経済の強みである一方、生活費と格差の体感が強まる局面では、制度設計(税・住宅・労働市場)の“納得感”が政策の持続可能性を左右します。

総じて、シンガポールは「経済が弱ったから崩れる」というより、「成功モデルの副作用(高コスト化・競争圧力・人口動態)」をどこまで緩和できるかが問われている局面だといえます。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です