インドは「次の中国」になれるのか?高度人材の強みと製造大国化を阻む構造

はじめに

インドは世界的IT企業の経営トップを多数輩出し、人口規模も巨大で「次の中国」と語られがちです。一方で、雇用を大量に生む製造業の伸びは鈍く、所得格差や教育の質のばらつきも大きいのが実情です。結論から言えば、インドが中国と同じスピード・同じ形で「世界の工場」になるのは簡単ではありません。その理由は、個人の才能ではなく、国全体の制度・人材基盤・産業生態系の違いにあります。

背景と概要

独立後のインドは、国家主導の経済計画のもとで工業化を進めました。とりわけ1950年代後半以降の開発戦略は、重工業を優先する色合いが強く、輸入代替(海外から買う代わりに国内生産)と厳格な規制・許認可によって産業を管理する時期が長く続きました(いわゆる「ライセンス・ラージ」)。

同時期の東アジアでは、軽工業から始めて輸出を拡大し、部品・物流・技能者の層を厚くしながら段階的に高度化するモデルが広がりました。中国も改革開放以降、外資の導入と輸出加工を起点に、地域クラスター(企業・部品・人材が集積する産業圏)を形成し、規模の利益で世界市場を取り込んでいきます。

インドにも強みはあります。英語人材、ITサービス、起業家層、そしてIIT(インド工科大学群)に代表されるトップ層の理工系教育は世界的評価を得ています。ただし「トップ層の厚み」と「国全体の基礎体力(読み書き計算・技能・規律ある生産現場)」は別物で、製造大国化には後者が決定的に重要です。

現在の状況

インド経済は高成長を維持している一方、製造業の比重は中国型の急拡大とは異なります。世界銀行の指標では、インドの製造業(付加価値)のGDP比は2024年時点でおよそ12.5%程度です。政府は製造業比率を引き上げる政策目標を掲げ、PLI(生産連動型奨励)などで電子機器・医薬・自動車部品などを後押ししています。

象徴的なのがiPhone生産の移転です。インドでのiPhone生産は増え、推計では2025年時点で世界生産の約18%をインドが担うとされます。また、米国向けiPhoneの調達を2026年末までにインド中心へ寄せる構想も報じられました。ただし、これは「組み立て拠点の拡大」であって、部品の内製化、サプライヤー集積、品質管理の自走化まで含めた“生態系”が短期間で完成するかは別問題です。

最大の争点は雇用です。ILO(国際労働機関)系の報告でも、製造業雇用の比率が概ね12〜14%程度で停滞してきたことが示されています。政府も雇用創出を重視し、雇用インセンティブ策を打ち出していますが、若年層の失業・不完全就業(働いてはいるが生産性が低い、望む条件で働けない)が構造課題として残っています。

注目されるポイント

インドが「中国のような国(輸出主導の巨大製造ハブ)」になりにくい理由は、主に次の4点に整理できます。

  • ① “国全体の技能の厚み”が不足しやすい
    製造業は、読み書き計算に加えて、現場での段取り・標準化・品質管理・改善活動が積み上がって生産性が上がります。インドは識字率が上昇しているものの、地域・性別・都市農村で差が残り、基礎学力や技能訓練の質のばらつきが「大量雇用型の工業化」を難しくします。トップ層が強くても、裾野が薄いと生産現場の規模拡大が頭打ちになります。
  • ② 産業政策が“許認可と保護”に傾いた歴史的負債
    独立後長く続いた輸入代替と厳格な規制は、外資・競争・輸出拡大のテンポを鈍らせました。1991年の危機を機に自由化が進みましたが、制度の複雑さや州ごとのルール差、行政手続きの負担は現在も投資判断に影響します。中国は強い中央集権のもとで政策の一貫性とスピードを確保しやすかった反面、インドは民主主義と連邦制ゆえに調整コストが高くなりがちです(これは短所である一方、政治的安定や修正可能性という長所にもなります)。
  • ③ 土地・労働・物流など“工場運営の前提条件”の難しさ
    中国の強みは、港湾・道路・電力・通関を含む物流の整備と、工業団地・サプライヤー集積による効率性でした。インドも改善しているものの、土地取得やインフラ、都市サービス、州ごとの制度差が「中小企業まで含めた集積の爆発」を起こしにくくします。大企業や特定州では前進しても、全国一斉の底上げには時間がかかります。
  • ④ 格差の拡大が“政治の優先順位”を変えやすい
    近年の研究では、インドの所得・資産の集中が強まっていることが示されています。格差が大きいほど、社会の分断や政策の短期志向が強まり、教育・保健・基礎インフラといった長期投資が後回しになりやすいというリスクがあります。製造業は本来、雇用を広く生み中間層を厚くする役割がありますが、雇用吸収が弱いまま成長すると格差が固定化しやすくなります。

要するに、「天才が多い」ことと「製造大国になれる」ことの間には、教育の裾野、制度の単純さ、サプライチェーンの集積、現場文化といった“集団戦の条件”が横たわっています。

今後の見通し

インドが中国を完全に代替する、という見方は現実には“過大評価”になりやすい一方、インドの重要性が高まるのも確かです。見通しは大きく3つに分けられます。

  • シナリオ1:電子機器など一部分野で存在感を増す(最も現実的)
    iPhoneのように「組み立て中心」から始まり、部品の現地化・周辺産業の育成が進めば、特定クラスターで競争力が出てくる可能性があります。
  • シナリオ2:雇用創出が追いつかず、成長はするが格差が残る(警戒シナリオ)
    サービス主導の成長が続くと、都市部の高付加価値層は伸びても、労働人口を吸収する土台が弱いままになり得ます。
  • シナリオ3:「ポスト中国」はインド単独ではなく分散(有力)
    企業の「チャイナ・プラスワン」は、インドに加えてベトナム、メキシコなど複数国へ分散する形になりやすく、世界の供給網は“多極化”していく可能性が高いでしょう。

企業目線では、インドを「世界向け輸出工場」として過度に期待するより、巨大な消費市場としての魅力と、分野・地域を絞った製造投資を組み合わせる戦略が現実的です。政策面では、トップ層育成だけでなく、基礎教育・技能訓練・女性の就学と就労、物流・電力・通関の改善といった“裾野”を厚くする改革が、結局は最短ルートになります。

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