日本のナフサ不足は本当か?報道で分かれる「危機」と「過剰反応」の境界線

はじめに

日本でナフサ需給をめぐる報道が大きく割れています。一方では、カルビーが一部商品のパッケージをモノクロ化するなど、ナフサ由来のインキや樹脂の供給不安が実際の企業活動に出始めています。もう一方では、政府は「日本全体として必要量は確保されている」と説明し、ナフサ由来の化学製品について年を越えて供給できるとの見通しも示しています。(reuters.com)

この食い違いは、どちらか一方が完全に虚偽というより、見ている階層が違うことから生じています。政府は「日本全体の総量」を見ています。企業は「特定グレードの原料」「特定のインキ・樹脂」「納期」「価格」「供給制約」を見ています。したがって、今回のテーマで重要なのは、ナフサ危機が本当に起きているかどうかではなく、どのレベルでは本当で、どのレベルでは誇張なのかを分けて考えることです。

背景と概要

ナフサは、原油を精製して得られる石油化学の基礎原料です。エチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの出発点になり、そこからプラスチック、合成ゴム、塗料、接着剤、インキ、包装材、住宅建材、電子材料、医療用品まで広くつながります。つまり、ナフサはガソリンのように消費者が直接買う商品ではありませんが、日本の製造業と日用品の奥に深く埋め込まれた基礎原料です。

今回の需給不安の直接の背景は、中東情勢の悪化とホルムズ海峡をめぐる物流混乱です。Reutersは、日本企業が依存するナフサ関連製品で供給問題が出ている一方、政府は4カ月分相当の供給を確保していると説明していると報じました。さらに5月には、カルビーが中東情勢に伴うインキ原料の不安定化を背景に、14商品を一時的にモノクロ包装へ切り替えると報じられました。(reuters.com)

ここで混乱しやすいのは、「ナフサそのものの量」と「ナフサ由来製品の流通」は同じではないことです。ナフサが全国合計で足りていても、特定の溶剤、樹脂、顔料、インキ、接着剤、フィルム材料が通常どおり届くとは限りません。石油化学の供給網は長く、途中に精製、分解、誘導品製造、コンパウンド、インキメーカー、包材メーカー、印刷会社、最終製品メーカーが入ります。どこか一段で詰まれば、最終製品側には「不足」として現れます。

現在の状況

政府側の説明は、総量としてはかなり強いものです。4月3日の赤澤経済産業大臣会見では、下流在庫や国内で精製されるナフサも含め、ナフサ由来化学品全体で国内4カ月分相当を確保していると説明されました。さらに4月30日の関係閣僚会議では、ナフサ由来化学製品について、年を越えて供給できる見通しが示され、代替調達の拡大に伴い国家備蓄の放出を抑えながら必要量を確保できると説明されています。(meti.go.jp)

また、JETROは4月30日時点の政府資料をもとに、中東以外からのナフサ輸入が5月には中東情勢悪化前の約3倍、135万キロリットル超となる見込みだと伝えています。原油についても、4月は代替調達などで例年の約2割以上を確保し、不足分は備蓄放出で補い、5月は中東、米国、中央アジア、中南米、アジア大洋州などからの代替調達で例年の約6割を確保する見込みとされています。(jetro.go.jp)

一方、企業側の現場では明らかに異なる景色があります。Reutersは4月、TOTO、旭化成、関西ペイントなどナフサ由来製品に依存する企業が、接着剤、シンナー、塗料などで受注停止、価格改定、納期調整などに動いていると報じました。さらに、シンナーについては通常どおり受け取れている企業がごく少数にとどまるとの調査も紹介されています。つまり、マクロでは足りていても、ミクロではすでに詰まっているのです。(reuters.com)

インキ・塗料・粘着剤でも、価格転嫁と供給制約は実際に起きています。artienceグループの東洋インキは、油性オフセットインキ、UVインキ、スクリーンインキの価格改定について、中東情勢の不安定化に伴い、原油およびナフサを基礎原料とする溶剤や樹脂などの調達に制約が発生していると説明しました。トーヨーケムも、粘着剤、樹脂、塗料、ホットメルトについて、ナフサを起点とする原材料の調達逼迫、物流混乱、エネルギー価格高騰を理由に価格改定を発表しています。(artiencegroup.com)

注目されるポイント

第一に、「日本全体でナフサが足りない」は現時点では言い過ぎです。政府は、国内精製、下流在庫、代替輸入、備蓄放出を組み合わせて、全体量としては必要量を確保していると説明しています。少なくとも公開情報の範囲では、日本全体のナフサがすぐ尽き、石油化学産業が全面停止するという見方は確認できません。ここは過剰な危機報道やSNS上の不安拡散と切り分けるべきです。(kantei.go.jp)

第二に、「企業が言う不足は大げさで虚偽」という見方も誤りです。企業が困っているのは、ナフサという大きな原料カテゴリーそのものではなく、そこから派生した特定材料です。インキ用の溶剤や樹脂、粘着剤、シンナー、塗料、包装材などは、原料、工場、物流、在庫、契約のどこか一つが詰まると供給制約が発生します。カルビーのモノクロ包装も、全国のナフサが枯渇したという意味ではなく、カラー包装に必要なインキ・包材の供給不安に対応した企業側のリスク管理と見るべきです。(businessinsider.com)

第三に、政府発表と企業発表が矛盾して見えるのは、時間軸が違うからです。政府は「年を越えて供給できる」と長期の総量見通しを示しています。一方、企業は「今月の納期」「来月の包材」「この色のインキ」「このグレードの接着剤」が問題です。総量として年内に足りるとしても、5月の生産ラインに必要な材料が希望日に希望量で届かなければ、企業にとっては不足です。ここを混同すると、政府は楽観しすぎ、企業は騒ぎすぎという誤った二分法になります。

第四に、価格上昇は明確に本物です。ナフサ由来原料の価格、物流費、エネルギー費、代替調達コストが上がっているため、関連企業は価格改定に動いています。これは「物がない」よりも広く、長く効く問題です。たとえ供給量が維持されても、コストが上がれば、包装、建材、塗料、日用品、食品容器、自動車部材、住宅設備などへじわじわ波及します。消費者が目にするのは、突然の欠品よりも、価格改定、納期遅延、仕様変更、パッケージ簡素化かもしれません。(artiencegroup.com)

第五に、買いだめや過剰発注が需給を悪化させる可能性があります。JETROは、政府資料をもとに、需要側の過剰な発注が各種製品の流通の目詰まりにつながる事例もあると伝えています。これは、ナフサそのものの供給不安に加え、企業や流通の防衛的な注文が、特定製品の不足をさらに強めている可能性を示します。つまり、一部の「不足」は物理的不足だけでなく、心理的・契約的な逼迫でもあるのです。(jetro.go.jp)

第六に、報道の見出しで「ナフサ不足」と一括りにすると誤解が広がります。正確には、今回起きているのは三層構造です。上層では、日本全体のナフサ・ナフサ由来化学品の総量確保があります。中層では、代替調達と国内精製により何とか供給をつなぐ政策対応があります。下層では、インキ、樹脂、粘着剤、シンナー、塗料など特定製品の価格上昇・納期遅延・供給制約があります。この下層の混乱が、消費者には最も見えやすく、カルビーの包装変更のような形で表面化しているのです。

今後の見通し

今後の焦点は、ナフサそのものが全国で不足するかどうかより、特定のナフサ由来製品の供給制約がどれだけ長引くかです。中東以外からの調達が増え、国内精製が続き、備蓄放出も組み合わせられるなら、総量としてのナフサ不足は回避される可能性があります。ただし、物流混乱、保険料上昇、代替原料の品質差、加工工程の制約、価格転嫁が続けば、川下企業の「使える材料不足」はしばらく残るでしょう。

また、企業行動も重要です。過剰発注が広がれば、政府が確保した総量以上に、現場の目詰まりが悪化します。一方で、企業が仕様変更、色数削減、代替材料の採用、包装簡素化、複数調達先の確保を進めれば、消費者向けの混乱は抑えられます。カルビーのモノクロ包装は象徴的ですが、それは危機の終わりではなく、企業が需給不安に合わせて製品仕様を調整し始めたサインです。(reuters.com)

結論として、日本のナフサ不足をめぐる真偽はこう整理できます。日本全体のナフサが直ちに枯渇するという見方は、現時点では誇張です。しかし、ナフサ由来の特定材料で供給制約、価格上昇、納期遅延が起きていることは事実です。政府の「必要量は確保」はマクロでは正しく、企業の「材料が足りない」もミクロでは正しい。虚偽があるとすれば、この二つを同じ土俵でぶつけ、「危機は存在しない」あるいは「日本の石化供給は全面崩壊する」と断定する言い方です。

いま起きているのは、全面的なナフサ枯渇ではなく、石油化学サプライチェーンの細い部分から先に詰まる危機です。そして、その細い部分こそが、印刷、包装、住宅、塗料、接着剤、日用品といった日常生活に近い場所に現れているのです。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です