水道管老朽化を「掘らず」に見つける時代へ。大阪市の非破壊地下探査は何を変えるのか?

はじめに
水道管の老朽化は、もはや地方だけの問題ではありません。大阪市のような大都市でも、法定耐用年数40年を超えた水道管が多く残り、漏水や道路冠水、陥没リスクが現実のものになっています。こうした中、大阪市水道局は産業技術総合研究所と連携し、道路を掘り返さずに水道管周辺の土壌の腐食リスクを調べる「非破壊地下探査システム」の実証調査を始めました。
この技術が注目される理由は、単に新しい装置だからではありません。従来のように地面を掘って調べる方法では、膨大な水道管網を点検するのに長い時間と大きな費用がかかります。大阪市では、全体を調べるのに45年かかるとされていた作業が、この技術を使えば2年程度に短縮できると報じられています。重要なのは、「壊れてから直す」水道行政から、「危ない場所を先に見つけて更新する」予防保全へ移れるかどうかです。
背景と概要
大阪市の水道管は総延長が約5,000キロメートルに及びます。大都市の地下には、水道管だけでなく、下水道、ガス管、通信ケーブル、地下鉄、電力設備などが複雑に走っています。そのため、水道管の状態を確かめるために道路を掘るには、交通規制、周辺設備との調整、工事費、人手の確保が必要になります。老朽管が多いからといって、すべてを一気に掘って調べることは現実的ではありません。
大阪府全体で見ても、状況は深刻です。大阪府は、府域の水道管路が高度経済成長期以降に急速に整備されたことから、令和5年度時点で40年以上経過した管路の割合が36.3%に達し、全国ワースト1だったと公表しています。全国平均は25.3%であり、大阪は全国の中でも水道管の老朽化が特に進んだ地域です。
今回の実証調査で使われるのは、地面に電気を流し、土壌の「比抵抗」を測る技術です。大阪市水道局の説明では、土壌比抵抗とは土の電気抵抗を示すもので、数値が低いほど電気を通しやすく、水道管に使われるダクタイル鋳鉄が錆びやすい環境にあることが分かります。つまり、この技術は水道管そのものを直接透視するというより、水道管の周りが腐食しやすい土壌かどうかを広く把握するものです。
現在の状況
大阪市がこの技術に期待する背景には、実際の漏水事故があります。大阪市城東区東中浜では、2025年5月に水道管の漏水事故が起き、水の濁りや道路・公園への浸水被害が発生しました。大阪市の調査では、破損したのは59年経過したダクタイル鋳鉄管で、事故発生箇所では土壌比抵抗が低く、水道管がより錆びやすい環境にあったことが判明しています。大阪市はこの事故を受け、非破壊による土壌腐食性の調査・判定技術の実証実験を行う予定だとしていました。
今回の非破壊地下探査システムは、こうした事故原因の分析とつながっています。水道管の老朽化は、単に設置から何年たったかだけでは判断できません。同じ年に敷設された管でも、周囲の土壌、水分、塩分、迷走電流、施工条件によって腐食の進み方は異なります。そのため、本当に知るべきなのは「古い管がどこにあるか」だけではなく、「古い管のうち、どこが特に危ない環境にあるか」です。
産総研は2017年の段階で、地表から水道管周辺の土壌比抵抗を測る技術を開発したと発表していました。その後、横須賀市などで実測を行い、2025年には市街地での実証へ進むと説明しています。大阪市の実証は、この流れを大都市の管路管理に適用する試みだと位置づけられます。
注目されるポイント
第一に、この技術は「水道管の劣化そのもの」を直接見るものではなく、「腐食しやすい埋設環境」を調べるものです。ここは非常に重要です。報道では「劣化リスクを把握」と表現されますが、装置が管の内部のひび割れや肉厚減少を直接画像化するわけではありません。地中の電気の通りやすさを測り、腐食しやすい土壌を見つけ、その情報から劣化リスクを推定する技術です。
第二に、だからこそこの技術は「点検の代替」ではなく「点検の優先順位づけ」に強みがあります。水道管の更新には莫大な費用と時間がかかります。すべてを一律に調べたり、年数だけで順番に交換したりすると、まだ比較的安全な管を先に替え、本当に危ない場所を後回しにする可能性があります。非破壊探査で腐食しやすい土壌を広く把握できれば、掘るべき場所、詳しく調べるべき場所、先に更新すべき場所を絞り込めます。
第三に、都市部では「掘らない」こと自体に大きな意味があります。道路を掘る調査は、交通、住民生活、周辺事業者に影響します。地下埋設物が複雑な都市では、工事そのものが難しく、調査のための調整だけでも負担が大きくなります。地上から短時間で広範囲を測れるなら、調査の頻度と範囲を大きく広げることができます。
第四に、コスト削減だけでなく、水道料金問題ともつながります。水道管の更新費用、人件費、資材費は上昇しており、各地で水道料金の改定が議論されています。大阪府内でも、老朽化と人口減少を背景に料金引き上げを検討する自治体が増えています。非破壊探査によって更新の優先順位を精密化できれば、限られた財源をより効果的に使える可能性があります。
第五に、上水道と下水道の問題は分けて見る必要があります。埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故は、硫化水素による下水道管の腐食が原因とみられる事案として大きく報じられました。一方、今回の大阪市の実証は、主に上水道管の周辺土壌の腐食性を調べるものです。どちらも地下インフラ老朽化の問題ではありますが、対象、腐食メカニズム、調査方法は同じではありません。水道管老朽化の議論では、上水道、下水道、道路陥没、漏水を一括りにしすぎないことが重要です。
第六に、この技術が実用化されても、水道管更新そのものが不要になるわけではありません。調査が早くなっても、交換工事には人手、資材、施工業者、交通規制、財源が必要です。大阪市は水道インフラ強靱化の取り組みとして、使用可能年数を超えた管路の解消時期を大きく前倒しするとしていますが、実際には施工体制の確保が重要になります。探査技術は更新を効率化しますが、更新工事そのものを消すわけではありません。
今後の見通し
今後の焦点は、この非破壊探査がどこまで実務に使える精度を示せるかです。土壌比抵抗が低い場所と実際の腐食・漏水リスクがどれだけ一致するのか。地下埋設物が多い都市部でも安定して測れるのか。雨や地下水、舗装、交通量、周辺構造物の影響をどう補正するのか。これらを検証しなければ、単なる「早い調査」ではなく、更新計画に使える「信頼できる判断材料」にはなりません。
実用化されれば、都市の水道行政は大きく変わる可能性があります。従来は、管の年齢、漏水履歴、過去の点検、住民通報などをもとに更新計画を組むしかありませんでした。そこに、地中の腐食性を広域で可視化するデータが加われば、よりリスクベースの管理が可能になります。古いから替えるのではなく、危ない環境にある古い管を先に替えるという発想です。
ただし、過度な期待も禁物です。この技術は老朽化問題を一気に解決する魔法ではありません。水道管網の多くはすでに老朽化しており、更新費用、人手不足、施工難度、水道料金の負担という問題は残ります。非破壊探査ができることは、限られた資源をどこに投じるべきかを見極めることです。
結論として、今回の新技術の意味は、「掘らずに全てが分かる」ことではありません。むしろ、見えない地下インフラをデータで把握し、危険な場所から優先して更新するための入り口が見えたことにあります。老朽化した水道管は、放置すれば漏水、道路冠水、陥没、断水、料金上昇として市民生活に跳ね返ります。大阪市の実証は、インフラ老朽化の時代に必要な管理のあり方を、「経験と年数」から「データとリスク」へ変える試みだと言えるでしょう。

